年間を通して、たくさんのテレビや新聞の取材を受けているエコテック部ですが、2月2日の中国新聞に紹介されています。

エコテック部は、カテゴリーとしては、文化部のなかに入るわけですが、部員たちはいつも、作業着姿であちこち走り回り、夜も遅くまで作業場の明かりが消えることはありません。部員たちは、いつかオーストラリアで開かれる、ソーラーカーレースに出場する!という大きな夢を掲げて、ミリ単位の調整を続けています。
ぜひ、これからのエコテック部の活動にもご注目ください!
年間を通して、たくさんのテレビや新聞の取材を受けているエコテック部ですが、2月2日の中国新聞に紹介されています。

エコテック部は、カテゴリーとしては、文化部のなかに入るわけですが、部員たちはいつも、作業着姿であちこち走り回り、夜も遅くまで作業場の明かりが消えることはありません。部員たちは、いつかオーストラリアで開かれる、ソーラーカーレースに出場する!という大きな夢を掲げて、ミリ単位の調整を続けています。
ぜひ、これからのエコテック部の活動にもご注目ください!
ついに呉港祭の日がやって来ました。
呉港祭は、他校の文化祭とは少し違い、午前中に各クラスの研究発表を行い、午後にバザーなどの「祭」を行います。
午前中の研究発表は、クラスの個性があらわれた、おもしろいものばかりでした。
審査員も点数をつけるのに迷ったようですが、2年1組の「Mosaic Art-Change a point of view!!」が最優秀に選ばれました。
Changeといえば・・・
オバマ!!
このオバマが、1cm四方の折り紙の断片で出来ているなんて信じられますか??
保護者の方々も、バザーやくじの抽選会など、たくさん協力していただきました。くじの抽選会では、たくさんの豪華景品を用意していただき、教員も生徒も大いに盛り上がりました。

生徒たちも、模擬店やアームレスリングなどでイベントを盛り上げてくれました。バドミントン部のクレープや卓球部の焼きそばの屋台は、長い行列ができ、大盛況でした。

最後は、呉港祭恒例のファイアーストームでしめくくりです。ブラスバンドの和太鼓の演奏にあわせて、点火します。

今日一日、勉強のことも忘れ、本当に盛り上がりました。
学校行事を生徒たち自身で考えたり工夫することによって、呉港らしさが表れたすばらしい呉港祭になったと思います。
2月1日(日) 「呉掃除に学ぶ会」の皆さんのご指導を受け、ボランティアで集まった生徒119名と教職員21名が、校内10ヶ所のトイレ掃除に取り組みました。「1.謙虚な心人になれる 2.気付く人になれる 3.感動の心を育む 4.感謝の心が芽生える 5.心を磨く」(日本を美しくする会)ということを全員で唱和し、掃除を開始!
掃除に学ぶ会の皆さんは、素手と素足でトイレへ!それに続けとゴム手袋や長靴を脱いだ生徒・教職員も多くいたようです。こびりついていた水あかや尿石を、スポンジやサンドメッシュでこすり落としていきます。みるみる落ちていく汚れを見ると自然に掃除をする手にも力が入り、いつの間にか無心でやっている自分に気がつきます。みんな便器に顔をつっこみ、床に手足をつけながら、トイレを磨いていきました。


※上の写真は清掃の様子です。(左)素手でしっかり磨いています。(右)先生達もがんばりました!!
閉会の前には、カレーをいただきました。朝から精一杯体を動かした生徒達には、何よりのご馳走だったようです。おかわり!を求めて列に並ぶ生徒もいました。
そして、最後に班ごと(掃除したトイレごと)に体験発表をしました。「もっと時間があれば、もっときれいにできたと思いました。」「初めは抵抗があったけど、今は充実感でいっぱいです。」「『気付く人になれる』という言葉の意味が分かったような気がしました。今日の体験の成果が勉強や部活動などにも出てくるだろうと自分でも思います」という感想も出てきて、生徒たちも自分たちなりに、この掃除を通して何かを感じ取っていたようです。
今回の活動が、生徒の心の成長や今後の学校生活にきっと生かされていくことでしょう。
ご紹介します。呉武田学園のルーツは⇒⇒⇒広島市祇園西市公民館(左をクリックしてください。
そのページが見れます)のホームページに記載されております。
そのページの「武田氏の歴史を知る」の中の「周防武田氏の系図」をご覧ください。
1 「ワールドソーラーチャレンジ」とは
「ワールドソーラーチャレンジ」とは、オーストラリア北部の海岸都市・ダーウインからオーストラリア南部の海岸都市・アデレイドまでの3038㎞をソーラーカーで縦断する過酷なラリーです。このラリーは、日本のホンダを始めとして、世界中から選りすぐりのソーラーカーが集まる、世界屈指のソーラーカー大会です。
本校エコテッククラブは、ソーラーカー、エコノカー、スターリングエンジンカーを製作・改造して鈴鹿サーキットでのレースや各種イベントに参加しています。その技術は、大学生や社会人にも劣りません。例えばソーラーカーでは、平成20年度、秋田大潟村で開催された「ワールドソーラーカーラリー秋田」の「夢創心 フリークラス」で優勝するなど、日本国内のソーラーカー大会で上位入賞を重ねてきました。部員達は、大会出場の度にソーラーカーの性能アップを工夫し、自信を深めてきました。それにつれて、日本だけでなく、世界中から優れたソーラーカーが集まる、海外のラリーに出場したいという夢を抱くようになってきました。そして「どうせ出場するなら『ワールドソーラーチャレンジ』へ」と夢をふくらませていったのです。
とはいっても、「ワールドソーラーチャレンジ」は非常に過酷なラリーです。ダーウインからアデレイドまでの3038㎞を六日間で縦断するのですが、その距離は、北海道から沖縄諸島までよりももっと長く、一日で500㎞以上を走らなければなりません。しかも、そのほとんどは砂漠や荒野や平原です。当然、赤道に近いダーウインと南極に近いアデレイドでは、気候も大きく違います。そんな中を、朝の8時から夕方の5時までぶっ通しで走り、5時以降はテントを張りながら野宿するのです。ソーラーカーの性能は勿論のこと、さまざまな多くさんの課題が予想されます。
2 下見を決意
果たして、本校エコテッククラブが、世界中から選りすぐりのソーラーカーが集まる世界屈指の「ワールドソーラーチャレンジ」に参加できる可能性はあるのだろうか?部員達の夢が大きくふくらんでいくにつれ、不安もまた大きくふくらんできました。しかし、遠く日本からあれこれ思いめぐらしても、皆目見当がつきません。そこで、二学期の期末試験を利用して、副校長と教頭が現地へ行くことを一大決心しました。

ダーウインからアデレイドまでのラリー行程周辺の情報は、大手旅行会社にも全くわかりません。従って、ラリーの行程ではガイドをつけることさえできません。そんな状態で、体力だけには自信があるものの、全く英語の話せない二人が現地へ行くことが、そもそも下見として役立つのか、見当違いの無駄足におわるのかさえ全くわかりません。雲をつかむような現地行きです。しかし、「行ってみないことには始まらない!」と、副校長と教頭は年休を取り、自費で下見を決行することにしたのです。
目的は、二つです。
1本校エコテッククラブが「ワールドソーラーチャレンジ」に参加できる可能性を探ること。
2(もし可能性があれば)ダーウインからアデレイドまでの「ワールドソーラーチャレンジ」のラリー行程の試走と周辺の下見をすること。
3 現地へ
11月28日(金曜日)、6時間目の授業終了後、名古屋へ。夜、中部国際空港からオーストラリア北東部の海岸都市・ケアンズに向けて出発しました。翌朝、ケアンズ着。入国手続きをすませ、すぐに国内線で、「ワールドソーラーチャレンジ」の事務局があるアデレイドへ飛びました。事務局で、本校が「ワールドソーラーチャレンジ」に参加資格があるかどうか、探ろうというのです。ここまでは、英語も勝手もわからない二人だけの旅。あやうく飛行機を間違えそうになったり、ハラハラ、ヒヤヒヤの連続だっただけに、アデレイド空港で通訳とガイドを探し当てた時は、あまりに嬉しく、膝の力が抜けてしまいました。

アデレイドは「ワールドソーラーチャレンジ」のラリー終点の町でもあります。ホテルチェックイン後、早速 「ワールドソーラーチャレンジ」のゴールとなる「ビクトリア広場」へ案内してもらいました。「ビクトリア広場」には、オーストラリア国旗と原住民のアボリジニ国旗が深く澄んだ青空に高くなびいています。この国旗がラリーゴールの目印となるのです。「呉港高校のソーラーカーがこの国旗を目指してゴールインする日が、ぜひ来てほしい」と、思わず胸が熱くなりました。そのためには、事務局訪問が最大の関門となります。

12月1日(月曜日)、いよいよ「ワールドソーラーチャレンジ」事務局へ乗り込みました。というより、おそるおそる判決を受けに行く心境です。事務局では、突然日本からやってきた私たちの素性の説明から始めなくてはいけません。今回の渡豪は、あまりに無鉄砲だったのでしょう。私たちの素性も目的もなかなか信じてもらえず、苦労しました。その後やっと、「ワールドソーラーチャレンジ」の出場資格、ルールなど、細かく(または、多岐にわたって)教えてもらいましが、二人にほとんど予備知識のない上に専門用語が多いため、通訳も戸惑い、手間取りました。(または、難航しました。)しかし、時速85㎞で走れる本校のソーラーカーは、「ワールドソーラーチャレンジ」の三つあるクラスのうち、「アドベンチャークラス」に参加資格があることがわかったのです。いくつかの問題点はあるものの、こうなれば、実際にコースを試走してみる価値は充分あります。来る時とうって変わって、意気揚々と事務所をひきあげた二人は、その日のうちに、アデレイド空港からラリー出発点であるオーストラリア北部の海岸都市・ダーウインへ飛びました。
4 試走へ

ダーウインでレンタカーを借り、いよいよ、ダーウインからアデレイドまでオーストラリア大陸縦断3038㎞のラリー試走開始です。日本帰国は、12月8日(月曜日)の飛行機チケットを取っています。7日にはアデレイドにゴールしなければなりません。遅れるわけにはいきません。ハプニングのためのゆとりを一日見て、12月6日にアデレイド到着するためには、一日600㎞から700㎞の距離を走る必要があります。英語をしゃべれない上、コースはほとんど荒野で、砂漠もあります。宿が取れ無い場合の車中泊覚悟、食料が買えないことも覚悟で、日本から持ってきた寝袋やダーウインで大量に買い込んだパン・バナナ・リンゴなどが頼りの男二人旅ですが、テレビの西部劇で見るようなオオカミやさそりなどはいないとのこと。一番の心配はガソリンです。「ガソリンさえ早め早めに給油すれば、何とかなるさ」と出発することとしました。次は、試走日誌のダイジェストです。

12月2日(火)
7:00分 起床。朝食をとってチェックアウト。
7:50分 レースのスタート地点に立つ。いよいよ出発。思わず武者震い。
車の流れに沿って走り、STUART HWY に入る。しかし、早くも不安になる。交通量が多いため、スピードが出せないのだ。前の車を抜くこともできない。こんなことで一日600㎞の距離を走れるのだろうか……。やきもきしながら2時間ほど走り、Adelaide Riverを過ぎると、やっと交通量が少なくなる。しかも、平坦な直線の道路が地平線まで延々と続き、町並みを通過する時以外には制限速度がない。「待ってました!」これまでの憂さを吹き飛ばすように、アクセルを踏み込む。メーターは130km~140kmを指している。もっと飛ばしたいが、レンタカーで借りたエスティマはこれが限界。これ以上出すと走行が安定しない。しかも、道路脇にはバーストしたタイヤの残骸がごろごろ転がっている。はやる気持ちを押さえ、周りの景色に目をやると、見慣れないものが目についた。巨大な土のタケノコがあちこちにニョキニョキ立っているのである。ずっと林立して続くそれが蟻塚とわかるまで、かなりかかった。


11:20分 第一のコントロールストップ地点Katherrineに到着。ここまでの走行距離318Km。コントロールストップとは、車両のメンテナンスや安全確認をするために、ラリー中のソーラーカーが停車するポイント地点である。もしコントロールストップを見落として通過してしまうと、車両のメンテナンスや安全確認ができないだけでなく、ペナルティーが科せられる。そのためにも、コントロールストップの場所を確認することは、重要である。ガソリンスタンドで早めの燃料給油。念のため携帯燃料タンクも買い、ガソリンを満タンに詰める。原住民のアボリジの人達の姿が多くなってきた。

第一のコントロールストップ地点 Katherrine を後にし、直線道路を再び快調に突っ走る。途中、超大型のRODE TRAINとすれ違ったり、追い抜いたりするときは、かなり緊張した。なにしろ、大型トレーナー三つがトラックの後ろに連結されている。すれ違うときは、お互いに猛スピードのため、すざまじい轟音と風圧で道路からはみ出さされそうになる。追い抜くときは、巨体と砂ぼこりで視界がさえぎられる上、130㎞以上のスピードを少しも減速してくれないので、エスティマが解体しそうな180㎞~200㎞の猛スピードで追い抜くのだ。対向車がこないことを信じて。
14:48分 第二のコントロールストップ地点 Dummaraに到着。スタートから636km。
ここは、ラリー一日目のソーラーカーのキャンプ地としても最適な場所のようだ。キャンプ地を選定するのは、難しい。朝8時から夕方5時までにソーラーカーがどのくらいの距離を走行するか見当をつけ、クルーが翌日に備え休養と鋭気を養えるのに適した場所を探す。キャンプ地の選定はラリーの行方を大きく左右すると言っても過言ではない。慎重に選ぼう。

第二のコントロールストップ地点 Dummaraを出発。キャトルグリッドが多くなる。「キャトルグリッド」とは、道路面にはめ込まれた、放牧している牛を牧場の外に逃がさないための装置だ。牛は自分の牧場内の道路は自由に行き来できる。しかし牧場の境界では、足が「キャトルグリッド」の鉄桟にはさまるため、牧場の外へは行けない。鉄桟と鉄桟の隙間が牛の足幅より少しだけ広く作ってあるからだ。Elliott 付近のキャトルグリッドは作りが悪いため、ソーラーカーには難敵だ。みぞ幅がかなり広く、しかも盛り上がっているので、走行スピードが速すぎるとパンクする恐れがある。
17:55分 Three Ways Roadhouse に到着。モーテルらしきものがあった。寝袋にくるまっての車中泊は覚悟してきたものの、もしできれば、あのモーテルに泊まりたい!燃料を給油し、宿の交渉を始める。しかし、予想通り全く要領をえない。こんな時に備えて日本から買ってきた英会話の本を開いて指さし、やっと泊まれることとなった。料金も発音が聞き取れないので、「write it here!」 と身振り手振りで紙切れに書いてもらうことにした。必死に二人で言い立てた「write it here!」も、どうやら日本語と思われたらしいが、結果オーライ!!昼食は、レストランに入ったがどうやってもちんぷんかんぷんで、仕方なく店頭のサンドイッチですましているので、かなり空腹だ。食堂に入ってメニューを見るが、昼と同様分からない。注文すると、店員は一生懸命何か言ってくれるが、お互いに聞き取れない。「夜もサンドイッチか…」と席を立ちかけた時、あきらめきれない副校長が、ナイフとフォークで肉を切るゼッスチャーまじりで「ステーキ!プリーズ!」と最後に大声で訴えると、笑顔でにっこり「オーケー」と返ってきた。嬉しくなって続けた「ビール!プリーズ!」も見事通じる。ステーキ22$、ビール3.5$。実においしかった。
夜中、モーテルはなぜかハエが多く、寝ていても顔や体中にとまって困った。しかし、ベッドの上で寝られるだけでも感謝。本日の走行距離965km。

12月3日(水)
6:30分 起床。朝食はダーウィンで大量に買い込んできたパンとリンゴとバナナと水ですませた。朝からステーキというわけにいかないので仕方ない。
7:17分 出発。
ほどなく、三番目のコントロールストップ地点 Tennant Creekに到着。ここからは山越えとなる。昨日同様、130km~140kmで飛ばそうとアクセルをふかす。ところがエスティマは、必死のエンジン音だけは勇ましいが、ちょっと油断すると、スピードを落とそうとする。アクセルいっぱいにずっと踏み込んでいなくてはいけない。足がつりそうになる。まあ、右足は使い物にならなくなっても二人いるので何とかなるだろう。ひたすら「山を越えるまでエスティマのエンジンがもってほしい。」とだけ祈りながら、怪我をしないようにハンドルと取っ手にしがみついていると、次第に手までしびれてくる。山を登り切り、広く視界が開けた時は、二人そろって喚声を上げた。下りは何と快調なこと!みるみるスピードが加速する。全速力であっという間に壮大な荒野に駆け降りた。
壮大な荒野をひたすら続く道は、牛やカンガルーの死体が転がっている不気味な道でもあった。20体以上は見たろうか、完全に白骨化したものもある。道路を横切る牛や、飛び出してくるカンガルーをよけきれず、車がはねたのだろう。広大なオーストラリアでは、役所が死体を見つけて片づける事も難しく、放置されたままだ。呉港高校のソーラーカーが130㎞以上のスピードで走る時、牛やカンガルーに驚いて無理に避けようとすれば、大きな事故となる。とっさの事故を避けるためには、牛やカンガルーが飛び出すこともあることを、よく頭にたたき込んでおく必要がある。実際に試走しなければ分からない発見であった。
10:30分 ラリー二泊目のキャンプ候補地のTi-Treeに到着。ここにはMotel、病院、さらに警察まである。二泊目のキャンプはここに決定して問題ないだろう。
12:15分 第四のコントロールストップ地点 Alice Springsに到着。ここは、ダーウインからアデレイドまでの「ワールドソーラーチャレンジ」3038kmのちょうど中間点にあたる。内陸の核となる町で、大きくきれいだ。必要物資は何でもそろう。ただ、すごく暑い。うだるような暑さだ。内陸にあるため、夏は猛烈に暑く、冬は猛烈に寒いという。
この町を出る時、危うく道路標識を見落としそうになった。実に分かりにくい。レースで1秒を争っている時、この標識では見落とすチームもあるはずだ。しっかり確認しなくてはいけない。これも、実際に試走してみなければ分からない発見である。
二つの貴重な発見に気をよくしてAlice Springsを出発し、快調にぶっ飛ばす。途中、給油もすませ、順調に走行距離を稼いだので、ラリーのコースより横道にそれてしまうが、有名なエアーズロックのある町、エアーズロックリゾートに寄ることにした。エアーズロックリゾートは、ラリーのコースから244㎞はずれている。呉から大阪までの距離である。

しかし、この分では3時間ほど飛ばせば、17:00頃には着くはずである。今日は、ぜひそこで宿泊したい。エアーズロックは世界的な観光地である。ホテルも多い。日本人観光客も少なくないはずだ。久しぶりに英語とハエに悩まされず、旨い食事とふかふかベッドに寝たいものである。今朝からろくな物を食べてない。もしかすると、久しぶりの日本食にありつけるかもしれない。しかし………。エアーズロックリゾートに到着すると、確かにホテルは多かった。そして、日本人観光客も少なくなかった。だが、あまりにも高級すぎた。さすが世界的な観光地だけあって、ホテルの建物も出入りする外車も人々の服装も超立派なのだ。それに引き替え、こちらは砂埃をかぶったエスティマに乗り、車に劣らず砂埃だらけの汗に汚れたボロボロ二人組。「どっちが交渉する?教頭先生。」「『ステーキ・プリーズ!』の感じで、押しの強い副校長が行かれた方が…」とホテル玄関近くに車を止めて相談する最中も、ガードマンがうさん臭さそうに警戒しているのが分かる。為替レートが円高で、入国の際、予想より高額のオーストラリア$が手に入ったが、どう考えても、ここの宿泊料金・食費は桁違いだ。あきらめるしかなかった。
それからが、散々であった。「せっかくここまできたのだから。」と、車でエアーズロックを一周して引き返すことにした。さすが、エアーズロック、見応えはあった。しかし、一周した時にはすでに薄暗く、一番近くの町、Curtin Springsまで84Km。あいにく雨も降り出した。気持ちは焦るが、雨で思うようにスピードが出せない。明かり一つない暗闇の荒野をヘッドライトだけが頼りである。
19:30分 Curtin Springs到着。雨の中、宿泊の交渉をする。ここで泊まれなければ、慣れない夜道を走れる時間ではない。雨の中での車中泊となる。トイレへ行くにも苦労する。それを察してくれたのか、宿泊OKとなった。夕食は、ここでもステーキ。他の料理を注文するとなぜか通じないので仕方ない。レストランは満席で、外のテラスで食べた。黒々と集団でたかってくるハエを払いながらの食事となった。ステーキは少々硬いが、腹一杯食べ、うまいワインを飲む。
ベッドで寝られる幸運に感謝。走行距離1078km。

12月4日(木)
朝食は、昨日と同じ、パン、リンゴ、バナナ、水。燃料を満タンにして出発。
9:30分 エアーズロックリゾートへそれた地点・Erldundaに到着。ちょっと欲を出したために、ずいぶん時間と労力のロスをしてしまった。その分を取り戻そうと、どこまでも続く荒野にまっすぐ延びる道路をひたすら飛ばす。荒野が広い分、キャトルグリッドが多数ある。ここまで多いと、ソーラーカーへの影響が心配だ。何らかの対策が必要だろう。
12:30分 レース三日目のキャンプ候補地のMalaに到着 GS,Motel、マーケットもある。これなら何とかなるだろう。
14:07分 五番目のコントロールスポット地点Cadoney Homestead到着。 GS、Motel があり、キャンプもできそうだ。Malaでもここでも、どちらもキャンプ可能なのは、レースの展開が読めず、キャンプ地が決定しにくいだけに有り難い。ここまでの走行距離497km。

15:46分 Goober Pedy到着。 鉱山の町でオパールを採掘しているという。民家も多く、Hotelもマーケットも有る。昨日は宿に着くのが遅く、気をもんだので、今日は早めにここで泊まるつもりであったが、大の男二人でも不安になるような町であった。西部劇の決闘シーンに出てくるような、町も人も少し荒れ気味である。250km先だが、六番目のコントロールストップ地点Glendamboまで走ることにした。ほとんど植物が生えてない赤茶けた不毛の大地を走る。到着時間が気になり、無理して160km/hで走り続ける。エスティマはいつ分解してもおかしくないような音と振動をたてるが頓着するゆとりはない。実際のレースでは、このあたりでキャンプすることにならなければいいが……と願う。そんなことを思いながらの途中、度肝を抜かれた。何と!ダチョウが飛び出してきたのだ!このスピードでダチョウのぶつかれば、ひとたまりもない。死に物狂いでハンドルを切り、横転しそうになる。再び切りかえし、かろうじて止まった時には、ダチョウははるか後ろで姿も見えなかった。初めて実物のダチョウに会ったのに、観察するどころではなかった。惜しいことをした。
17:00分 Glendambo到着。時計はすでに18:00を回っていたが、ダーウインとここでは1時間の時差があったのだという。国内での時差は広いオーストラリアならではのことで、日本ではあり得ない。「こんなことなら無理して160km/hで走る必要も、ダチョウに命を取られそうになることもなかったのに。」と、がっくりする。しかし、これも、試走してこその貴重な発見。キャンプ地に着く度に、クルー全員の時計を時差に合わせる必要があると分かる。Glendamboのモーテルで泊めてもらえることにはなったが、17:00というのにレストランは閉まっている。夕食は、朝と同じ堅くなった買い置きのパンとワイン2本。走行距離906km

12月5日(金)
6:10分 起床。朝食は、今日も、パン、リンゴ、バナナ、水。出発してしばらくすると、荒野の中に美しい湖がいくつも見える。真水湖と塩湖が混在しているらしい。周囲は、荒々しさを潜め、眺望は美しくなるが、例によってキャトルグリッドが多くさんある。風景の美しさとは逆に、ソーラーカーに詳しい教頭の顔が次第に険しくなる。レースでは、キャトルグリッドがかなりの難敵となるだろう。

七番目のコントロールストップ地点Port Augustaに到着する。最後のコントロールストップ地点である。車の交通量が急に多くなった。何でも在りのにぎやかな人口の多い町。久しぶりに信号を見つけた。二カ所もある。右手には海が見えってきた。ゴールとなるアデレイドも海辺の町だから、もうゴールは近いということである。Port Augustaの町中を抜けると、黄金色の牧草地と同じく黄金色の小麦畑がどこまでも続く。絵のように美しく、運転していても気持ちいい。昨日まで殺気立って夢中でぶっ飛ばしたおかげで、アデレイドには一日早く着く。ここまで来ると、もう急ぐ必要はない。優しく豊かな風景に感化され、和やかな気持ちになる。
14:40分 ついにゴールとなるアデレイドのビクトリア広場到着!!本日の走行距離570km。ダーウインからアデレイドまで、とうとう、オーストラリア大陸縦断3038㎞の試走を貫徹した。振り返って見れば、アデレイドに無事着けたのが、不思議なくらいだ。まぶたの奥に、じんと熱いものを感じた。こんな経験は何十年ぶりだろう。そんな何ともいえない達成感に浸りながら気がついた。「そうか、これだったのか……。」
今回、ソーラーカーを追いかけ、「ワールドソーラーチャレンジ」を追いかけ、はるかオーストラリア大陸を死にもの狂いで走り抜けた。そのおかげで、どこかへいつの間にか置き忘れてしまっていた、夢を追いかけるひたむきさとひたむきさに比例する達成感を思い出すことができた。
「そうか、これだったのか……。生徒達もこれに突き動かされて、より性能の高いソーラーカーを工夫し、『ワールドソーラーチャレンジ』出場を夢みていたのか……。」ビクトリア広場に高くなびくオーストラリア国旗と原住民のアボリジニ国旗を見上げながら、「呉港高校のソーラーカーがこの国旗を目指してゴールインする日は必ず来る」と確信した。

5 夢に向かって
今回の下見で、呉港高校エコテッククラブのソーラーカーには参加資格があり、「ワールドソーラーチャレンジ」出場の可能性が出てきました。しかし、次のような幾つかの課題も明らかになってきました。
① ソーラーカーのさらなる性能の向上
「ワールドソーラーチャレンジ」のコース周辺には牧場が広がっているため、多くの「キャトルグリッド」があります。「4試走へ」の「ダイジェスト日誌」の中でも紹介しましたが、「キャトルグリッド」は、放牧している牛を牧場の外に逃がさないために道路面にはめ込まれた装置です。牛は自分の牧場内の道路は自由に行き来できますが、境界では「キャトルグリッド」の牛の足幅より少しだけ広い鉄桟の間に足がはさまるため、その向こう側へは行けません。作りの悪い「キャトルグリッド」はソーラーカーには難敵だということがわかりました。その対策として、特にブレーキ類の改良が必要です。
② クルーの確保
レースをするには、多くのメンバーが必要です。まず、ライセンスを持ったソーラーカーの運転者3人。ついで、ソーラーカーを運搬するトラックと先導車および後尾車の運転手3人。これには国際免許が必要です。さらに通訳です。最低この7人に加えて、さまざまな役割をこなすメンバーが必要です。
③ 経費の確保
「ワールドソーラーチャレンジ」に参加するためには、かなりの経費が必要です。今回の下見・試走は自費で行いましたが、大会参加はそうはいきません。大会参加費やソーラーカーの輸送費、現地で必要な車や物品の費用、クルーに必要な費用など、総額でどのくらいかかるのか見積もり、それをどう確保するのか、工夫することが必要です。

この三つは確かに大きな課題です。しかし、今回の下見・試走で「夢に向かって走れば、叶う」ということを強く実感しました。今回、当初心配した車中泊もなく、食料も「ステーキ!プリーズ!」で切り抜けたとはいえ、やはりいろいろな意味でハードな試走でした。このハードな試走を後押し、やり切らせたのは、ソーラーカーを作ることを通して、創造力・ねばり強さ・前向きな意欲を培ったエコテッククラブの生徒達の、夢へ向かいたいという力です。それがなければ、下見・試走はもとよりなかったはずです。呉港高校工業科の目標である「ものづくり、人づくり、夢づくり」そのままに、生徒と教師が力を合わせてソーラーカーの性能を改良し、ねばり強く前向きに夢の実現に向かっていけば、いつか三つの課題は解決し、「ワールドソーラーチャレンジ」参加は必ず実現できると確信しています。
1月24日、一時的には吹雪となったこの日、1年1組の生徒たちは平和記念公園にいました。
これは、2月7日(土)に行われる呉港祭の研究発表で、1年1組は、外国の人たちが日本をどうみているか調べようと考えたからです。
授業を使って、声の掛け方、インタビューの仕方や、聞き取りの練習などをしてきましたが、この天候も手伝って、生徒たちの表情は一様に不安そうです。しかし、おそるおそる声を掛けた、アメリカの方がとても親切に話してくださったり、オーストラリアの旅行者から応援してもらったりするうち、徐々に生徒たちも度胸がついてきました。そのころには、すっかり寒さも忘れ、公園内を駆け回るようになっていました。

インタビューを終えた生徒たちの感想は、「楽しかった!!」「もっとやりたい!!」というものばかりで、表情は充実感に溢れていました。生徒たちは、日常の授業ではなかなか味わえない"生で"英語を使う楽しさを存分に味わったようです。たった数時間の活動でしたが、生徒たちの成長を見ることができました。

呉港祭へぜひお越しください
テーマ 「CHANGE」
10:00~12:00 研究発表会
12:00~ バザー (16:00まで)
13:00~ ブラスバンド部演奏
ダンス
アームレスリング大会
映画上映会 など
インフルエンザが本格的に流行し始めました。
県内の学校も、学年閉鎖や学級閉鎖になっているところもあるようです。
インフルエンザを予防するための対策は、手洗い・うがい、マスクをつけるなど、色々あると思いますが、
本校では、インフルエンザを予防するため、こんな工夫をしています。
教室にバケツを置く
濡れタオルを掛けておく

これらは、教室の乾燥を防ぐためのものです。
目には見えませんが、この水分が空気中のウィルスを吸着し、浮遊するのを防ぐそうです。
より効果的にインフルエンザを予防する方法は、ほけんだより1月号をご覧ください。
今日から3学期です。
始業式では、校長先生より、新年の誓いを立て、新しい一年を有意義に過ごすようにというお話がありました。
始業式の後は大掃除を行いました。
もうすぐ高校入試ということもあり、日ごろできないところや、教室の隅々まで丁寧に掃除をしていきます。
冬休みは、クラブ三昧だった生徒もいれば、寝正月だったと教えてくれた生徒もいました。
しかし私たち教員にとって一番うれしいのは、生徒全員が元気で3学期をスタートできたことです。
本校は、今年もまだまだ飛躍を続けていくつもりですので、ぜひご注目ください!

今日は冬休み2日目です。
クリスマスイヴの今日の呉港の様子をお伝えします。
各教室では、3者懇談が行われています。
2学期の成績が渡されるこの日、廊下を足早に歩く保護者の方々と生徒たちは、少しだけ緊張した表情です。
また、あちこちの選択教室では、冬季講習会が行われています。
センター試験まであと1ヶ月をきり、3年生の生徒たちにとっては、最後の追い込みの大切な時期です。

なんとか生徒たちを引っ張り上げようと、教員も必死です。

勉強だけではありません。
今日の呉市の最高気温は10度です。 日差しがない分、体感温度はもっと低かったように感じます。
こんな寒空の中でも、朝早くから、夕方遅くまで、部活動はどこもさかんです。
ソフトテニス部
さすがに男子校、クリスマスイブの雰囲気は感じられませんでした・・・。
今日で2学期が終わり、終業式が行われました。
校長先生より、「新年の目標を立て、自律的に生活するように」というお話がありました。
目標を立てるのは簡単ですが、実行するのはなかなか難しいものです。
しかし、その目標に向かって努力し続けることによって、私たちは成長し、また良い結果もついてくるのだと思います。
「今年こそ!」という気持ちが、生徒たちの目に表れているように感じました。
